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前橋地方裁判所 昭和35年(行)17号 判決 1967年9月14日

原告

遠藤章

被告

群馬県教育委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

被告が原告に対し昭和三五年九月三〇日付でした懲戒免職処分は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文第一、二項同旨。

第二  原告の請求の原因

一  原告は昭和三〇年四月一日群馬県公立学校教員に任用され、昭和三四年四月一日から同県利根郡利根村立東中学校教諭の職にあつたものであり、かつ地方公務員法(昭和四〇年法律第七一号による改正前のもの。以下これに同じ)第五三条に基づく登録を受けた職員団体であつて、群馬県公立小、中学校教職員約九、〇〇〇名をもつて組織する、群馬県教職員組合(以下「組合」という)の組合員であつた。

二  被告は、昭和三五年九月三〇日付で「原告が昭和三四年四月一日東中学校教諭の職に任命されて以来、上司の職務上の度重なる職務命令に違反し、かつ職務を怠つた」ことを理由として、地方公務員法第二九条第一項第二号により原告に対し懲戒免職処分をした。

三  しかしながら、右処分は、以下に述べる理由により同号の要件を充さず、違法なものである。

(一)  原告は昭和三四年二月一八日、組合利根支部において同支部書記長に推せん決定され、ついで、同年三月一〇日組合第四三回臨時大会において、組合本部専従者に選ばれ、同年四月一日から翌三五年三月末日までの間、利根支部書記長として組合業務に専従すべき地位に就いた。そこで、原告は、昭和三四年四月一五日、組合業務にもつぱら従事するため、群馬県利根郡利根村教育委員会に対して前記の期間につき専従休暇の申請をし、同時に同教育委員会に対して、右期間につき「群馬県市町村立学校職員の勤務時間その他の勤務条件に関する条例」(昭和三一年九月二九日群馬県条例第四〇号、以下「勤務条例」という)第八条の規定に基づき、前記組合の業務にもつぱら従事するための無給休暇の申請をしたところ、同委員会は、同年七月一八日に至つて、なんらその理由を示すことなく、右各休暇申請を承認しない旨の処分をし、その頃これを原告に告知した。

次に、原告は、昭和三五年二月二九日組合員全員の信任投票により再び富塚忠次郎ほか一三名とともに組合常任執行委員に選出され、第二文化部長として同年四月一日から翌三六年三月末日までの間、組合業務に専従すべき地位についたので、昭和三五年三月二六日利根村教育委員会に対して勤務条例第八条に基づき、組合業務に専ら従事するための無給休暇の申請をしたところ、同委員会は同年四月二〇日付をもつて右申請に対してなんらの理由を示すことなく、不承認処分をし、その頃これを原告に告知した。

(二)  もともと原告ら群馬県市町村立学校教職員が、その職員をもつて組織する職員団体の業務にもつぱら従事するための休暇、いわゆる専従休暇を得るためには、任命権者である被告に対して専従休暇の申請をし、その承認を得るとともに、服務監督権者である市町村教育委員会に対して、組合業務に専従するための無給休暇の申請をし、その承認を得ずべきものである。しかるに、従来被告は、専従休暇の承認権者は、服務監督権者であり、専従休暇を得る手続は当該職員身分の帰属する市町村において定める条例によるべきものであるとの見解に立つており、従来の実情は、勤務条例第八条の規定に従つて、服務監督権者たる市町村教育委員会に対し組合業務に専従するための無給休暇の申請をしこれに対する承認処分がなされることにより、あわせて専従休暇の申請ならびにこれに対するその承認があつたものして取り扱われていた。

ところで、利根村においては専従休暇に関する条例が未制定であつたのであるが、右条例未制定の間における専従休暇の取扱いについては、利根村教育委員会は、群馬県職員の専従休暇について規定する「職員団体の業務にもつぱら従事する職員に関する条例」(昭和二六年三月一三日群馬県条例第六号、以下「県職員専従条例」という)を適用ないしは準用して、その職員の申請にかかる専従休暇に対する承認、不承認の処分をなすべきものである。

被告は、県職員専従条例は原告ら市町村立学校の教職員には適用されないという。なるほど、右条例は市町村立学校の教職員の任命権が、当該市町村にあり、かつその身分もこれに帰属していた当時に制定されたものであるから、制定の際にはその適用は予定されていなかつたとしても、任命権が県教育委員会に帰属することとなつた昭和三一年以降においては市町村立学校職員にもその適用、すくなくともその準用をみるべきものとなつたと解すべきである。右条例の文理はこのような解釈を妨げるものではない。

ところで、県職員専従条例第二条は「任命権者は、職員に対し、その申出により、公務に支障のない限り人事委員会に登録された職員団体の業務にもつぱら従事するための休暇(以下「専従休暇」という)を与えることができる」と規定しているのであるが、この「公務に支障がない限り」専従休暇を与えることができるという規定は、後に詳述する在籍専従制度の趣旨および専従休暇申請権の法的性質よりして、承認者は「公務に支障のない限り」職員の専従休暇の申請を承認すべくその裁量が覇束される趣旨に解すべきである。

仮に原告ら市町村立学校職員の専従休暇については、県職員専従条例の適用ないし準用がないとしても、在籍専従の制度の性質が、後記のとおりであり、専従条例の制定の有無により在籍専従制度の本質に差異あるものと解し得ない以上、被告が、勤務条例第八条に基づく職員の専従休暇申請について、承認、不承認の処分をするにあたつては、県職員専従条例第二条の規定するところと同一の基準によるべきものである。

被告は、専従休暇に関する条例未制定の間における専従休暇の取扱いについては、従来の慣行に従うべきものであると主張する。

一般論としては、原告ら教職員の職員団体についても、労働慣行の尊重さるべきことは、被告の主張するとおりであろう。しかしながら、前記のとおり、県職員専従条例が原告らに適用もしくは準用されると解されるのであり、同条例第二条に専従休暇の取扱い基準が示されているものであるから、この規定に準拠して専従休暇の申請に対し、承認、不承認の処分をなすべきものである。本件において原告ら教職員の専従休暇に関する労働慣行といい得るものがあるとすれば、それは、右の規定の趣旨に反しない限りにおいて、これを補充するものとして考慮さるべきであるに過ぎない。

(三)  原告ら公立学校の教職員も勤労者として憲法第二八条によりその団結権を基本権として保障されているのであり、任命権者ないし服務監督権者の支配、統制をはなれて、自主的に、勤労条件の維持、改善を図ることを目的とする職員団体を結成し、当局との間で団体交渉をなし得るものであつて、このことは、右基本権の具体的な行使にほかならない。地方公務員法第五二条が、原告ら公立学校の教職員が前示事項を目的として職員団体およびその連合体を組織することを認め、かつその団体交渉権を認めているのも、右の憲法の保障に由来するものである。そして、前示の目的のもとに職員団体がその団結を維持し、団体交渉その他その日常活動を含む職員団体としての存立を全うするためには、右職員団体の業務に専従する役職員をもつことが不可欠であることも多言を要しない。のみならず、当時にあつては、被告県教育委員会は、当時の地方公務員法第五三条を根拠に、職員でないものが、職員団体の役員の地位に就き得ること、従つて組合業務専従者となり得ることを争い、これら非組合員を役員ないしその構成員とする職員団体に対してはその職員団体としてし適格を否定し、これとの団体交渉等を拒否する態度にでる実情にあつたから、なおさら、組合専従役員は職員たる身分を保有するものでなければならなかつたのであり、この事情からも在籍専従制度は職員団体の活動上不可決のものであつた。

(四)  在籍専従休暇制度およびこれに基づく職員の専従休暇申請権の性質は、以上のとおりである。

したがつて、右申請権は、職員団体の事務に専従しようとする者が法定の期間において自ら専従すべき始期と終期とを決定し得る形成権と解するのが相当である。なんとなれば、もしこれを単なる請求権と解するときは、その承認権者においてなんら公務の支障もないのにあえて承認を拒んだ場合に、その取消を訴求しても、訴訟進行の実際から考えると、限られた専従予定期間内に確定判決が得られることはほとんど望めないし、一方承認権者は違法な不承認処分につきなんらの負担も刑罰も課せられないのであるから、結局専従休暇を実効なきものとし、組合運営に対する承認権者の介入を認容する結果となるからである。このように専従休暇申請権を形成権と解しても、任命権者ないし服務監督権者に対して不当に過重な負担を課することにはならない。というのは、専従休暇の請求が公務に支障を来す客観的な事由がある場合にはこれを拒否し、その旨を申し出ることによつて適法に形成的効果の発生を阻み得る権限がこれらの者に留保されているからである。

しかるに、原告が適法にした昭和三四年度および昭和三五年度の各専従休暇の申請に対して、利根村教育委員会からは、客観的な公務の支障を理由とする不承認の意思表示がなかつたのであるから、原告のした前記専従休暇の申請がその形成的効果を発生することを阻むに足らず、原告はこれにより昭和三四年四月一日以降東中学校教諭としての職務に専念すべき義務を免除され、かつ組合業務に専ら従事するための休暇を得たことにより、右職務に従事することができない状態となつたのである。

(五)  仮に、専従休暇申請権が形成権と解せられないとしても右申請権の前記性質よりして、承認権者は、専従休暇の申請があつた場合には公務に支障のないかぎり、これを承認すべく、その裁量が覊束されるものと解すべきである。そして、右にいう「公務に支障のある場合」とは、専従者となろうとする職員の執務について余人をもつては到底これに替えることができない程度の非代替性を有する場合か、または職員が職務を離れるときは行政上回復し難い損害を与える場合をいうものと解すべきである。公務に支障がない以上、承認権者は専従休暇の申請を承認すべく覊束され具体的な場合に承認するしかないかの裁量権は残されていない。したがつて専従休暇の申請に対して不承認の意思表示がないか、または不承認処分が右のような正当の理由に基づかないでなされたときは、その承認が擬制せられるものと解すべきである。

そして、前記各不承認処分は、公務に支障を来たす場合にあたることを明示してなされたものではなく、しかも原告の専従休暇の申請を承認することにより公務に支障をきたすことはなかつたのであるから、原告は前記各不承認処分にも拘らず、適法に職務に専念すべき義務の免除を得たものといわなければならない。

(六)  仮に、前述のように専従休暇の申請に対する承認が擬制されるものではないとしても、承認権者において公務に支障がないにもかかわらず、あえてその承認を拒むときは、申請者は自救行為として組合業務に専従することが許されなければならない。なんとなれば、かような場合にも申請者に対して組合業務に専従することを認めず、単に損害賠償請求権を留保するに止るとすれば、ついには専従休暇の存在理由さえ失われることは、前述のとおりであるからである。したがつて、原告が昭和三四年四月一日から本件免職処分の日まで所属学校の勤務を離れて組合業務に専従したのは、法律上正当な行為として許容さるべきである。

元来組合がいずれの組合員をもつて、その業務に専従せしめるかは、組合が他からなんらの掣肘なくして決し得べきものである。ある職員が職員団体の業務に専従するため専従休暇の申請をした場合に、承認権者が、その好悪に従つて意のままに不承認の処分をなし、その者が組合業務に専従することを妨げることができるものとすれば、専従制度は到底本来の機能を果し得ないこととなり、職員団体の団結権は、その実効を期し難いものとなることは明らかである。原告が従事すべく予定された組合利根支部における組合業務、分会数、組合員数、分会の所在等の地理的条件従来の活動状況等からすれば、事務量が多く、これに専従する者なくしては、同支部自体のその存立さえ危死にひんする実情にあつた。しかるに、前記不承認処分は、専従制度の意義、原告が主として従事すべく予定された利根支部における組合活動の実情について、なんらの顧慮を払うことなくなされたもので、極めて恣意的な処分であつた。このことは、右処分がなんら理由を示さずになされた事実に徴しても明らかである。

(七)  以上のような理由によつて、原告は適法に東中学校教諭としての職務に専念すべき義務の免除を得たのであり、すくなくとも右職務に従事せずに組合業務に専従することが自救行為として正当とされたのであるから、原告が被告主張の期間、東中学校に勤務せず、同校教諭としての職務に従事しなかつたことは、地方公務員法第二九条第一項第二号にいう「職務上の義務に違反した場合」に該当しない。

(八)  原告に対して、被告主張のごとく利根村教育委員会教育長および東中学校長から東中学校の校務に従事すべき旨の職務命令があつたことは認める。しかしながら、右職務命令は、原告において東中学校教諭としての職務に専念すべき義務があること、およびその義務の懈怠あることを前提とするものであるところ、前記のとおり原告は右職務に従事すべき義務の免除を得たのであり、すくなくとも右職務に従事せずに組合業務に専従することが自救行為として正当とされたのであるから、右職務命令は重大な瑕疵があるものである。また、右職務命令は原告が職員団体の正当な業務に従事することを禁じ、その団結権をおびやかすものであつて、憲法第二八条、地方公務員法第五二条第一項、勤務条例第八条、県職員専従条例第二条に違反し、この点からいつても重大な瑕疵があるものである。そして、行政処分(職務命令を含む)が無効であるといい得るためには重大な瑕疵があれば足り、その瑕疵が明白であることを要しないものと解すべきであるから(司法裁判所が行政事件を審理裁判する現行行政訴訟制度のもとにおいては、瑕疵の明白性を無効原因として要求する理論上の必要性は存しない)右職務命令は無効なものというべきである。

仮に行政処分が無効であるといい得るために、その瑕疵が重大であることのほか、明白であることをも必要とするとしても、ここにいう明白な瑕疵とは、万人が皆これを認め得るというのではなく、通常の判断能力を有する者にとつて明白である程度のものをいうものと解すべきである。ところで、被告主張の職務命令が原告に命ずるところは、原告をして、組合利根支部の業務を担当処理することを不可能ならしめ、同支部の日常の活動はもちろん、その存立自体を危殆に陥れる結果を生ぜしめるものであつて、通常の判断能力を有する者にとつては、右命令が瑕疵を有することは容易に理解し得たところである。したがつて、右職務命令は重大かつ明白な瑕疵があつて、無効なものというべきである。

それ故、原告は右職務命令に服することなく、昭和三四年四月二五日から翌三五年九月三〇日までの間東中学校の校務に従事しなかつたのであるが、このことをもつて「職務上の義務に違反した」とすることはできないのである。

四  仮にしからずとするも、被告は原告に対する各無給休暇不承認処分が公務の支障にかかわりのない違法な処分であることを知りながら、あるいは自らの影響力によつて原告が適法に職務を離れることを違法に妨げておきながら、原告が職務に復帰しないことを理由に懲戒免職処分をしたのであつて、このような処分権の行使は、クリーンハンドの原則ないし信義誠実の原則に真向から違背し、無効である。

五  仮に前記各主張がいずれも理由がないとしても、原告が被告主張の職務命令に従わなかつたという理由で原告を懲戒免職処分に付したことは、余りにも一方的、かつ苛酷であり、以下述べる理由により懲戒権を濫用したものといわざるを得ない。

すなわち、右職務命令の前提たる昭和三四年度および昭和三五年度の専従休暇不承認処分は、いずれも客観的に公務の支障がないにもかかわらずなされた違法な処分であり、その結果憲法第二八条に基づき原告ら勤労者に与えられた団結権の実質的保障を奪つたものであつた。しかも、原告のした各専従休暇の申請に対し、利根村教育委員会は承認権者としての主体性を失い、終始被告まちで明確な態度を示さず、一方被告は、組合員一、〇〇〇名につき専従職員一名という基準を固執するなどして専従制度の趣旨に反する極めて不合理な態度をとつた。原告に対する職務命令は、果してどれほどの真意と実質的必要を有していたかる疑わしめるほど型どおりに、かつおびただしく出されており、しかも原告に対し給与を支給せず実質的に原告を専従者として扱つていた期間に出されたもの(昭和三四年四月から七月末までのもの)原告の後任者が補充され国語授業担当者が充足された後に出されたもの(同年九月以降のもの)昭和三四年の学年度が終りに近づき、原告を学校に出勤させる必要が実質的に考えられない時期に出されたもの(昭和三五年二、三月のもの)などが大半である。そしてこれら不承認処分、および職務命令は原告および原告の属する組合の有する労働基本権に対する顧慮や原告が主として従事していた組合利根支部における組合活動に対する配慮がいささかも見られないのである。

原告の所為は、一応職務命令違反という外形をとつてはいるが、原告は、徒に職務を怠つていたのではなく、組合業務に従事していたのである。原告が組合業務に従事していた組合利根支部は、五五〇名近い組合員と、山間僻地に分散した五三の分会とを擁し、その業務は実に厖大かつ重要な内容のものであり、それまでにも正規の専従職員である鈴森祥司が居たのであつて、原告の専従は同支部の存立と活動にとつて絶対的に必要であつた。そして、原告が組合業務に専従していたことは、東中学校の教職員はもとより、利根・沼田地区の教職員や父兄がすべて了知していたのであつて、実質的には職場秩序を乱してはいなかつた。原告および組合は、被告の示唆にしたがい、原告を本部専従職員とする手続を講じたり、公平委員会や裁判所に法的是非の判断を求めるなど配慮をつくしたのに、被告はほとんど報復的に本件免職処分をしたのである。

第三  被告の答弁および主張

一  原告の請求原因一の事実のうち、原告主張の組合員の数が原告主張のとおりであることは知らず、その余の事実は、認める。

二  同二の事実は、認める。

原告主張の懲戒免職処分の事由は次のとおりである。原告は昭和三四年四月一日東中学校教諭の職に任命せられ、以後その職にあつたものであるが、原告は同日以後東中学校に出勤しないので、原告の服務の監督にあたる利根村教育委員会教育長および東中学校長は、東中学校の校務に従事すべき旨の職務命令を、教育長において昭和三四年七月一八日から昭和三五年五月一六日までの間に文書または口頭をもつて前後一〇回にわたり、校長においては昭和三四年四月二五日から昭和三五年八月二七日までの間に文書または口頭をもつて、前後六回にわたり原告に対して発し、原告はその都度右職務命令を了知した。

利根村教育委員会教育長の職務命令発出は次のとおりである。すなわち、昭和三四年七月一八日、九月二日、一二月一二日および昭和三五年一月五日、三月八日、三月三一日、四月二〇日にそれぞれ文書をもつて学校に勤務するよう通達したほか、昭和三四年八月十九日、九月一日および昭和三五年五月一六日には口頭をもつて学校に勤務するよう指示した。

また、東中学校長の職務命令発出は次のとおりである。すなわち昭和三四年四月二五日、七月六日、七月一〇日、七月一七日、七月二〇日、七月二八日、八月七日、八月一五日、八月二二日、八月二八日、九月三日、九月一二日、九月二八日、一〇月九日、一〇月一六日、一〇月二三日、一一月二日一一月一〇日、一一月一八日、一一月二八日、一二月七日、一二月一五日、一二月二一日および昭和三五年一月八日、一月一九日、一月二六日、二月二日、二月一三日、二月二四日、三月八日、三月一〇日、三月一九日、三月二六日、三月三一日、四月一六日、四月二一日、五月一九日、六月一九日、八月二七日にそれぞれ文書をもつて学校に勤務するよう通達したほか、昭和三四年六月二日、六月七日、六月二一日六月二三日、八月一九日、九月一日および昭和三五年五月一六日には、口頭をもつて学校に勤務するよう指示した。

しかるに、原告は右職務命令に違反し、右免職処分がなされた昭和三五年九月三〇日までその勤務校たる東中学校に出勤、勤務することなく、その職務を放棄した。

右原告の所為は、地方公務員法第三五条に定める職務専念義務に違反し、同法第三二条に定める上司の職務上の命令に忠実に従うべき義務に違反するものとして、同法第二九条第一項第二号に定める懲戒事由に該当する。

三  同三の(一)の事実のうち、原告が昭和三四年度において組合利根支部書記長とされ、原告主張の日に利根村教育委員会に対し原告主張のごとき専従休暇および無給休暇の申請書を提出したこと、利根村教育委員会が原告主張の日に右各申請に対して不承認処分をしたこと、右処分書にはその理由が示されていなかつたこと、原告が昭和三五年度において原告主張のような組合役員に選出され、原告主張の日に利根村教育委員会に対し原告主張のごとき休暇申請書を提出し、これに対し利根村教育委員会が原告の日に不承認処分をしたこと、右処分書にはその理由が示されていなかつたことは、いずれもこれを認める。その余の事実は、否認する。

四  同三の(二)の主張のうち、利根村においては職員の専従休暇に関する条例が未制定であつたこと、職員が専従休暇を得ることは、その勤務条件にあたるものであり、右休暇の承認権者は、その服務監督権者であること、元来市町村立学校教職員が専従休暇を得る場合には、当該市町村が制定した専従休暇に関する条例に準拠すべきものであること、従来専従休暇に関する条例の制定されていない市町村にあつては、その学校の教職員の専従休暇申請手続は、勤務条例第八条の規定にのみ従うという取扱いであつたことはいずれもこれを認める。その余の主張は、争う。

元来利根村立学校の教職員が、専従休暇を得るには、利根村教育委員会に対し、利根村がその職員の専従休暇に関して制定した条例に従つて専従休暇の申請をするとともに、同じく利根村教育委員会に対し勤務条例第八条に基づき無給休暇の申請をすべきものである。しかし、利根村においては専従休暇に関する条例が制定されていなかつたので、かかる場合にあつては、専従休暇制度は、原告の属する組合と、被告ないし関係市町村の教育委員会をも含む教育行政当局との間に従来行なわれて来た専従休暇に関する扱いに関する慣行に従つて、その具体的な運用、処理がなされるべきものである。

もつとも、群馬県職員に関しては、当時その専従休暇に関して規定する県職員専従条例が制定施行されていたけれども県職員専従条例は、原告ら市町村立学校職員の専従休暇について適用されるものではない。このことはその条文の規定自体によつても、また、右条例の制定当時市町村立学校職員の任命権は当該市町村の教育委員会に属し、かつその身分も当該市町村に帰属するものであつたことによつても、明らかである。しかして、勤務条例は、専従休暇の承認を受けようとする者が、右の手続とは別個になすべき無給休暇の承認申請に関して規定するものであるから、勤務条例第八条を、県職員専従条例の規定するところと同一に解することはできない。

そして、原告のした各休暇申請に対する不承認処分は、原告の属する組合と被告その他関係行政当局との間に従来行なわれていた同組合の専従職員の員数、範囲に関する慣行に基づくものであって、なんら違法の点はない。

五  同三の(三)の主張は、争う。職員が職員としての身分を保有しながら本来の職務に専念することなく専ら職員団体の業務に従事するという制度、すなわち在籍専従制度は、職員団体の活動にとつて不可決のものではない。なるほど、右の制度は職員団体が活動するにあたつて有益なものであることはこれを否まないけれども、それが職員団体の団結権、団体行動権に不可欠のもの、換言すれば職員団体についていかなる法制度を採ろうとも、これを欠けばおよそ職員団体の結成、団結の維持、職員団体の活動等が不能ないしは不可能に近い状態に立ち至るというがごときものではない。すなわち在籍専従制度自体は、憲法上の権利ではなく、職員団体の正当な活動を助成するために法律が採用したいわば政策的な制度であつて、職員が専従休暇の承認を得て本来の職務に専念すべき義務を免れて組合業務に従事し得るのは、法律が右制度を採用したことにより生ずる便宜に過ぎない。

六  同三の(四)ないし(八)の主張は、争う。前記原告のした各休暇申請に対する利根村教育委員会のした不承認処分は、いずれも、前記慣行に基づく正当なものであり、右原告の専従休暇の申請を承認するときは、公務に支障を生じたものである。

職員の専従休暇は、承認権者がその申請を承認することによつてはじめて認められるものであつて、職員の一方的な意思表示によつて認められるものではなく、また、承認権者がその申請を承諾すべく義務づけられているものではない。本来公務員として任命され、その職務に専念すべき義務を負う職員が、任命権者ないし服務監督権者の意思を排除してまで一定期間職員団体の業務に専従する権利はない。団結権、団体交渉権も一つに雇用を前提として認められているところである。しかるに、職員が専従休暇をとつた場合には、その期間中労務の提供が全く免除されるのであるから、雇用関係の一時的中断ともみられるべき状態が生ずる。一方的にこのような結果を生ぜしめる権利が、団結権の保障のもとに職員に与えられているものとは、解されない。

のみならず、原告ら教職員も、地方公務員として当該地方公共団体において全体の奉仕者としてその職務を遂行すべきものとされる。職員団体の結成、活動に優先する理念が存するのであるから、承認権者は、右の要請と前示のような在籍専従制度が採られた趣旨とを考慮して、職員のした専従休暇の申請を承認するときは、公務に支障をきたすものかどうかを判断してその許否を決すべきものである。そして原告のような教育公務員の専従休暇承認申請の許否にあつては、服務監督権者たる市町村教育委員会は、その自由な裁量によつて教育行政上の政策の実施の必要その他教育行政運用上の専門的、校術的な諸事情を考慮して、専従休暇を与えることにより招来される公務の支障の有無を判断し得べく、これに従つてその許否を決し得るものである。

七  同四および五の主張は、争う。

八  利根村教育委員会および東中学校校長の前記職務命令は、原告が同校教諭としての職務に従事すべき義務があるにも拘らず、これを怠つているところから発せられたものである。そして、原告の各専従休暇申請に対して、利根村教育委員会がした各不承認処分は、いずれも適法なものであつて、原告は依然本来の職務に従事すべき職務上の義務を負うのであるから、右職務命令にもなんら違法の点はない。仮に前記各不承認処分に違法の点があるとしても、そのため右職務命令が直ちに瑕疵あるものとなるわけではない。仮にそのため本件職務命令になんらかの瑕疵があるとしても、原告は右職務命令に従うべき義務を免れるものではないから右職務命令が命ずるところに従わない所為が、職務上の義務に違反するものである点は異ならない。

もともと公務員は、権限ある上司が職務に関し適法な手続で発した職務命令に対しては、忠実に従うべき義務があり、自己の判断に従つてその内容の違法の有無を審査し、違法と認めたときは服従しないというようなことは、許されない。これは行政事務が統一的、能率的執行を必要とするところから生ずる要請である。もし受命者に独自の判断により上司の職務命令の内容について違法の有無を審査し、違法と認めれば服従しないことを許すとすれば、行政事務の統一性は根本的に破壊せられることとなる。

以上の原則に対し、公務員の個人的独立の見地から若干の例外が認められる。それは行政責任以外のことが問題となる場合であつて、かつその違法が客観的に明白な場合である。公務員は上司の職務命令が形式上その所管事項に属し、適法な手続を経て発せられたものである以上、当然これに従う義務があり、上司と意見判断を異にするからといつてこれを拒むことは許されないとともに、これについての行政責任は全て上司が負うべきである。このことに行政責任だけが問題となる事項については、公務員はたとえその違法不当が明白であつても上司の職務上の命令を審査する権限を有せず、その違法、不当の故をもつて、これに対する服従義務を争うことができないことを意味する。従つて職務命令を拒否し得るのは、行政責任以外の問題が生ずる場合に限るが、その場合でも違法が客観的に明白であることを要する。

本件の職務命令は、権限ある上司が、原告の職務に関し適法な手続を経て発したものであり、かつ前記例外の場合に該当しないのである。原告は、右職務命令に関し内容の瑕疵を主張するのであるが、仮に原告が主張するような瑕疵がありかつ、それが右職務命令の効力に影響を及ばすとしても、原告はこれに従うべき義務を免れるものではない。したがつて右職務命令を無視して本来の職務に従事しなかつた原告の所為は、職務上の義務に違反したものといわなければならず、これを理由とする本件の懲戒免職処分は、適法である。

第四  証拠関係

一  原告訴訟代理人は、立証として甲第一号証ないし第一四号証、第一五号証の一ないし四を提出し、証人林信乃、同田村真人、同中村京一、同金井重義、同金子重光、同堀沢敏雄、同稲垣倉造、同林金衛、同鈴森祥司、同水沼利世、同大手利夫、同金子隣一郎の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第二四号証の一ないし三、同第二五号証、同第二六号証の一ないし六の各成立を認める、その余の乙各号証の成立は知らない、と述べた。

二  被告訴訟代理人は、立証として乙第一号証の一ないし五、同号証の六の一・二、同号証の七、同号証の八の一・二、同号証の九、同号証の一〇ないし一三の各一・二、同第二号証の一ないし三五、同第三号証の一ないし六、同第四、五号証の各一ないし三、同第六号証の一・二、同第七号証の一ないし三、同第八、九号証の各一・二、同第一〇号証の一ないし三、同第一一号証ないし第一三号証の各一・二、同第一四号証ないし第二三号証ないし第二三号証、同二四号証の一ないし三、同第二五号証、同第二六号証の一ないし六を提出し、証人石田鉄次、同野村類二、同金子武男、同黒沢得男、同戸所文太郎、同今井文三郎、同笛木信義、同久保田義一、同金子政太郎、同竹井英治の各証言を援用し、甲第一ないし第五号証、同第八ないし第一〇号証の各成立を認める。同第七号証の原本の存在ならびに成立を認める、その余の甲各号証の成立は知らない、と述べた。

理由

一  原告が昭和三〇年四月一日群馬県公立学校教員に任用され、昭和三四年四月一日同県利根郡利根村立東中学校教諭の職に任命されたこと、原告が地方公務員法(昭和四〇年法律第七一号による改正前のもの。以下これに同じ)第五三条に基づく登録を受けた職員団体である群馬県教職員組合の組合員であつたこと、原告が昭和三四年度において組合利根支部書記長とされ、昭和三四年四月一五日組合業務に専従するため利根村教育委員会に対し昭和三四年四月一日から昭和三五年三月末日までの期間につき専従休暇の申請をし、同時に同教育委員会に対して右期間について無給休暇の申請をしたこと、同委員会は昭和三四年七月一八日付で理由を示すことなく右各休暇申請を承認しない旨の処分をし、その頃これを原告に告知したこと、次に、原告が昭和三五年度において組合常任執行委員に選出され、昭和三五年三月一六日組合業務に専従するため利根村教育委員会に対し昭和三五年四月一日から昭和三六年三月三一日までの期間につき無給休暇の申請をしたこと、同委員会は昭和三五年四月二〇日付で理由を示すことなく右休暇申請を承認しない旨の処分をし、その頃これを原告に告知したこと、原告は東中学校教諭に任命せられた昭和三四年四月一日から本件の懲戒免職処分がなされた昭和三五年九月三〇日まで、東中学校に出勤せず、その教諭としての職務に従事しなかつたこと、この間被告主張のごとく、利根村教育委員会教育長は前後一〇回にわたり、東中学校校長は前後四六回にわたり、それぞれ文書または口頭をもつて原告に対し東中学校の校務に従事すべき旨の職務命令を発し、原告はその都度右職務命令を了知していたこと、被告教育委員会は、昭和三五年九月三〇日付で「原告が昭和三四年四月一日東中学校教諭の職に任命されて以来上司の職務上の度重なる職務命令に違反し、かつ職務を怠つた」ことを理由として、地方公務員法第二九条第一項第二号により原告に対し懲戒免職処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、利根村においては専従休暇に関する条例が未制定であつたのであるが、利根村立学校の教諭であつた原告のした前記専従休暇の申請に対しては、如何なる基準によりその許否を決すべきであつたかについて、検討する。

県職員専従条例第二条には、原告主張のごとき規定があるが同例は群馬県の職員に適用されるものであることは、同条例の規定自体から明らかであつて、原告に対しては適用しないし準用はされなかつたものである。

しかし、次の項で検討する専従休暇の法的性質および県職員専従条例第二条の規定との均衡からいつて、利根村教育委員会は「公務に支障のない限り」原告のした専従休暇の申請を承認しなければならなかつたものと解すべきである。

三  そこで、地方公務員の専従休暇の法的性質について検討することとする。

地方公務員法は、同法第五二条の解釈等よりして、非職員が職員団体に加入しまたはその役員となることを認めない趣旨と解される。しかし同法は、職員は、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならないものとしているから(同法第三〇条参照)全勤務時間を通じて職務に専念すべき義務を負う職員としては、職員団体の組織活動、当該地方公共団体との団体交渉等を効果的に行なうことができず、ひいては職員団体結成の実を失うこととなる。そこで同法はこの矛盾を解決し、職員の団結権等を保護するために、法律又は条例に特別の定めがある場合に限り、地方公務員たる身分を保有しながら職員団体の事務、活動に専念することができるものとし(同法第三五条、第五二条第五項参照)勤職条例第八条は「県費負担教職員は、正規の手続を経て・・・市町村教育委員会から休暇を受けることができる。(第一項)前項に規定する休暇は、有給休暇と無給休暇とする。(第二項)無給休暇は職員団体の業務にもつぱら従事するため勤務しない期間をいう。(第四項)」と規定している。これらの規定は、職員に対し専従休暇の承認申請権を与えたものであるが、承認権者がこれを承認する処分をした場合にはじめて職務専念義務免除の効果を発生せしめる趣旨に解すべきであり、原告主張のごとく専従休暇申請を形成権とし、申請により一方的に右免除の効果を発生せしめるものとしたは、解することはできない。

四  上述のごとく、利根村教育委員会は、「公務に支障のない限り」原告のした各専従休暇の申請を承認しなければならなかつたのであり、その裁量が覊束されていたのであるが、同委員会のした前記各不承認処分がはたして公務の支障に基づいた適法なものといえるかどうかの点について検討する。

(一)  およそ職員団体が自ら保有し、または保有し得べき専従職員の人数、その範囲、期間等については、職員団体は自主的な交渉をすることが許容されるのみならず、憲法、地方公務員法が職員に団結権を認めている趣旨と、専従休暇制度が職員団体の団結権、団体交渉権等を保護するために認められた趣旨からすれば、むしろまず自主的交渉によつて、その具体的な実現を図るべきものであると解される。ところで、右交渉によつても合意に至らなかつた場合にあつては、専従休暇の申請に対する承認権者の処分が争われることとなるが、承認権者は、申請者が本来の職務に従事しないことから通常生ずる公務の支障を理由として、職員団体の団結権等を侵害するような不承認処分をすることは許されない。蓋し、本来専従休暇は、職員の職務専念義務を免除するものであるから、当然に当該行政の運営に支障を生ぜしめるものであるが、それにも拘らず、職員団体の団結権等を保護し、実効あらしめるために認められたものであるからである。そして、職員団体の団結権等を侵害するか否かは、従来の組合業務ならびに専従職員に関する実情、交渉の経緯、当該職員団体の人員数組織上の条件等を考慮し、労働良識に照らして合理的とみられる範囲の規制であるか否かによつて、決する外はない。専従休暇に対する不承認処分が、合理的な範囲を超えた不当な規制であると認められる場合には、職員団体の有する団結権等を違法に侵害したものとして違法であるというべきである。また、何人をもつて職員団体の役職員とし、専従者とするかは、当該職員団体が自主的にこれを決定し得るものであるから、合理的な範囲内にとどまる人員数、その役職の範囲内においてなされた特定の職員の専従休暇の申請に対して、みだりにこれを承認しないときは、右の自主権を侵害するものとして違法というべきである。

(二)  ところで各成立に争いがない甲第一ないし五号証、証人金子武男の証言および弁論の全趣旨により各成立を認める乙第一号証の各証、同第四、五号証の各一ないし三、同第六号証の一・二、同第七号証の一ないし三、同第一三号証の一・二、証人野村類二の証言および弁論の全趣旨により各成立を認める同第二号証の各証、証人金子武男、同野村類二の各証言および弁論の全趣旨により各成立を認める乙第八、九号証の各一・二、同第一〇号証の一ないし三、同第一一号証の一・二、証人稲垣倉造、同田村真人、岡林信乃、同金子武男、同野村類二、同黒沢得男、同今井文三郎、同戸所文太郎、同竹井英治の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、右各不承認処分の理由は次のとおりであつたことが認められる。

原告が前記のように東中学校教諭に任命されたのは、原告が国語一級の教員免許状の所持者であつたので、それまでかかる資格を有する教員を欠いていた同校の国語教育を充実することを期待したためであつた。ところが、原告は昭和三四年二月一八日組合利根支部の書記長に選出され、同年三月一〇日組合において右支部の組合業務に専従すべきものと決定され、昭和三四年四日一五日に利根村教育委員会に対して、「組合本部に専従するもの」として専従休暇ならびに無給休暇の申請をしたのであるが、同年度に専従休暇の申請をしたのは、本部役員九名、支部役員二名(原告および訴外清水貞三)の合計一一名であつた。右原告の申請に対し同教育委員会は、従前より被告から専従休暇の申請については被告と協議すべきものとする指示がされていたところから、被告と協議をした。被告は従前組合において、組合業務に専従すべき職員の数は、組合員一、〇〇〇名につき一名の割合とする九名、一名余分にみるとしても一〇名であり、かついわゆる組合員本部役員についてのみこれをおき、支部役員については、これをおかないという慣行があつたとの前提に立ち、原告は一応本部役員として専従する旨を明示しているが、組合利根支部書記長の役職を有するに過ぎず、利根支部の業務に専従することを予定されているものであり、実質的に本部役員でなく、他方正規の本部役員によつてすでに専従職員の予定人員九名は占められているものとして右九名のみを認め、原告ら二名の支部役員の申請は認め得ないものと考えていたが、直ちにこれを決せず、しばらく後に開催される予定の組合大会の結果をまつ態度をとつた。しかるにその後に開かれた組合大会でも原告の右役職に変動はなかつたとして、被告は利根村教育委員会に対し、原告の申請を承認しないほうがよい旨指示した。利根村教育委員会は、被告の指示するところに従い、傍ら、被告において原告の申請を承認しないと決定した以上、後任の補充は期待し得ず、かくては、同校の学校運営に支障を生ぜしめるものと判断した上、これらの理由に基づいて、右各休暇申請に対し不承認処分をした。ついで原告は昭和三五年度においても同年三月二六日利根村教育委員会に対し、組合本長役員たる第二文化部長の役職を付し「本部専従」として、専従休暇の申請をしたのであるが、同年度に専従休暇の申請をしたのは、本部役員九名、支部役員三名(原告、前記清水および訴外水沼利世)の合計一二名であつた。被告は、右本部役員九名については専従を認めるが、原告については、予定人員を超過するのみならず、本部役員というのは名目的なものにすぎず、依然利根支部における組合業務に専従すべく予定されているので前記従来の慣行に反すると判断し、かつ原告は、前年の昭和三四年度において不承認処分にも拘らず、組合業務に専従し、本来の職務に従事しなかった所為があったことから、これをもって公務員としての職務上の義務の重大な違反にあたるものとしかかる所為のあつた原告に対しては専従休暇を認承し得ないとの判断をも付加して利根村教育委員会に不承認の指示をし同委員はこれに基づいて不承認処分をした。以上のとおり認められるのであつて、右認定左右するに足る証拠はない。

(三)  そして前掲各証拠および原本の存在ならびに成立に争いのない甲第七号証、各成立に争いのない同第八号証ないし第一〇号証、証人林金衛、同水沼利世、同鈴森祥司、同大手利夫の各証言を総合すると、従来の組合業務ならびに専従職員に関する実情について、以下の事実が認められる。

もともと群馬県教職員組合は、その結成後間もない昭和二三年頃から昭和二六年頃にかけて、行政当局との間で、組合の専従職員の人員数は、組合員一、〇〇〇名につき一名の割合として、かつその範囲も組合のいわゆる本部役員に限ると合意をしていた。もつとも当時は本部役員の他に、各支部においてその役員が、職員としての本来の職務を担当すべき義務を負つたままで、授業負担の軽減を受け、場合によつては勤務時間全般に及ぶ程の時間を確保して、組合活動にあたつていた。このようなことが、可能であつたのは、その当時職員の任命権が当該市町村教育委員会に帰属しており、職員の人事異動が必ずしも容易でなかつたことから各学校につき授業負担に比し過剰の人員が生じていた実情および組合と当該市町村教育委員会に帰属しており、職員の人事異動が必ずしも容易でなかつたことから各学校につき授業負担に比し過剰の人員が生じていた実情および組合と当該市町村教育委員会との事実上の了解のもとに過員配置が行なわれていた実情によるものであつた。ついで、地方公務員法の制定後、教育委員会法の廃止、地方教育行政の組識及び運営に関する法律の制定施行に前後して、被告は、前示のような事実上の支部専従の実情は好ましくないものとして これを解消することを企図し、順次に人事異動、関係市町村教育委員会に対する指示により、過員を整理し、事実上の支部専従の廃止を行つてきたが、いまだ、支部のすべてについて、その実現をみるにいたらず、この期間においては、組合においても、支部役員について正規に専従休暇を申請することもなかつた。

その後昭和三二年度頃より、組合において、支部における活動を強化し、前期の経緯より生じた支部業務の処理上のあい路を打関するため、従来の員数の本部専従職員のほか、各支部に組合業務に専従する職員を正規に置くという方針を検討、決定し同年度に正式に、右の点を被告に申し入れ、両者間で、右の問題をめぐつて交渉がなされた。しかるに、被告教育委員会当局者は、組合の専従職員に関する人数、その範囲に関する従来の実情をもつて、既に確立した慣行であるとし、傍ら、教職員の給与等の予算、その定数を議決決定する県議会ないし知事等の行政当局が専従職員の増加に否定的であり、専従職員をましても、県の教職員の定数をますことは困難な実情にあつたところから、その改変を認めなかつた。他方組合側は、支部業務の実情とこれに正規に専従する職員が必要である所以を述べ、従前行われていた人数、範囲は、現在と異なる法制と実情のもとに成立したもので、これに従う合理的理由はない旨を主張し、更に被告教育委員会の県議会等に対する自主性を強調したが、結局合意を得るに至らないままに同年度および昭和三三年度は経過した。

昭和三四年度においては、組合の人員数は八千数万名であつたが、組合は、その方針を一部改め、専従職員を本部役員九名(懲戒免職を受けた者一名を加えると一〇名となるが、この者は職務専念義務を負担しないから、除外する)のほか支部役員二名とすることとし、専従職員をおくべき組合支部を利根、新田の二支部に限定し、利根支部専従を予定する原告を含め一一名につき専従休暇の申請をした。これに対し、関係市町村教育委員会は、被告と協議のうえ本部役員九名についてはこれを承認したが、原告に対しては前判示の理由により不承認処分をし、他の支部専従を予定されていた清水貞三は、被告の求めにより申請を撤回した。右原告の申請に対する不承認処分に前後して、組合は原告ら支部専従予定者について専従の承認を認めて被告教育委員会当局者と団体交渉にはいつたが結局これについて合意をみるに至らなかつた。

昭和三五年度においては、組合の人員数は前年度に比しやや減少した程度で、大差はなかつたのであるが、組合は専従職員を本部役員九名、支部役員三名とし、専従職員をおくべき支部を前記に二支部にあらたに多野支部を加えた三支部とし、原告のほか清水貞三、水沼利世をその専従職員として、形式上いずれも、本部役員の名称を付し本部役員と共に合計一二名の専従休暇の申請をした。しかるに被告側は、当時の組合員数との比率による九名を主張してゆずらなかつたが、結局総人員を一〇名とするところまで妥協し、本部役員九名のほか、前記清水の専従を認めた。しかし、原告および前記水沼の専従の申請を承認する点については遂に合意をみるに至らなかつた。他方、組合は原告および水沼に対する不承認処分は違法のものとし、右両名はその後も依然として組合業務に専従することとなつた。そして原告に対する本件免職処分の後、右水沼は同年一〇月学校勤務に復帰し、かつその際以後同人が組合業務に従事することは別途に交渉決定することとする旨の合意が組合と教育委員会当局との間に成立した。

以上のとおり認められるであつて、他に右認定を左右に足る証拠はない。

(四)  つぎに証人鈴森祥司、同戸所文太郎の証言によると、昭和三一年度から昭和三三年度まで組合利根支部役員であつた訴多鈴森祥司が正規に専従休暇を得て同支部の組合業務に専従していた事実が認められるのであるが、その経緯について検討する。

右各証人および証人今井文三郎、同笛木信義、同稲垣倉造の各証言を総合すると、訴外鈴森祥司が組合利根支部専従となつたのは、教職員の任命権がまだ市町村教育委員会に属していた頃で、被告の専従休暇に対する一般的指示の行い難い実情にあつた当時であること、同人は事務職員であるが、執務態度があまりよくなく、勤務学校において同人が学校勤務をすることを希望していなかつたこと、同人は昭和三一年度以前から事実上組合業務に専従していたのであるが、たまたま学校合併の結果事務職員に過員を生じ、同人の後任にあてざるを得ない事務職員を生じたこと等の特殊事情から、例外的にその専従を認められたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(五)  証人稲垣倉造、同林信乃、同大手利夫、同田村真人、同中村京一、同水沼利世、同鈴森祥司の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、組合利根支部は、組合員数、分会数が多く、かつ交通に不便な僻地があり、専従者がおれば組合活動を活発にする上において有益であることが認められるが専従者がいなければ支部の存立自体が危殆にひんする事実は認めることができない。

(六)  以上の事実、ことに昭和三四年度および昭和三五年度に専従休暇の申請をした組合職員の総数は、それまでに認められていた専従職員の人数のわくを越えており、かつ原告についてはとくに専従を承認し難い事情があつた事実より判断するに、利根村教育委員会が原告に対してした前記各不承認処分は、いまだ合理的な範囲を超えた不当な規制であるとはいえず、公務の支障に基づくものとして適法であるというべきである。

五  したがつて、原告の専従休暇の申請に対して承認が擬制されたとの原告の主張および原告が組合業務に専従したことは自救行為として法律上正当であるとの原告の主張は、いずれもその前提を欠き、理由がないことが明らかである。

六  そして、原告は本来の職務に従事する義務を免除されない限り、公務員として本来の職務に従事する義務があつたのであるから、原告に対する前記各職務命令は適法である。右職務命令が原告主張のごとく憲法第二八条、地方公務員法第五二条第一項、勤務条例第八条等に違反するものでないことは、前記各不承認処分の適法性について述べたところより明らかである。しかるに、原告は右各職務命令を了知したにも拘らず、その本来の職務である東中学校教諭としての職務に従事しなかつたことは前記のとおりである。したがつて、右原告の所然は、地方公務員法第三五条に定める職務専念義務に違反し、同法第三二条に定める上司の職務上の命令に忠実に従うべき義務に違反するものとして、同法第二九条第一項第二号に定める懲戒事由に該当し、原告に対する前記理由による懲戒免職処分は、適法であるというべきである(懲戒権の濫用に当らない点については後述)右処分がクリーンハンドの原則ないし信義誠実の原則に違反し無効であるとの原告の主張は、上述したところよりして、採用できない。

七  原告は、原告に対する免職処分は懲戒権の濫用であると主張する。

しかし、以上説示した事実、特に原告が昭和三四年四月一日から昭和三五年九月三〇日に至る長期間上司の度重なる職務命令に違反して、本来の職務に従事しなかつた事実を考慮するときは、そのことが組合の意図に基づき組合利根支部の業務に専従するためであつた点を参酌しても、公務員として重大な義務違反があつたものといわざるを得ず、被告において原告が本来の職務に従事しなかつたことを黙認した事実もこれを認め難いので、原告に対する本件の免職処分が裁量の範囲を逸脱し、懲戒権を濫用したものとは解せられない。

八  よつて、被告が原告に対し昭和三五年九月三〇日付でした懲戒免職処分は、適法であり、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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